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2011年9月26日月曜日

埼玉YMCAフェスティバル

 9月25日(日)埼玉YMCAフェスティバルが所沢センターで開催されました。
バザー、模擬店、子ども達の出し物などでにぎわいました。とはいうものの三連休の最後の日曜日で、お客様はいつもの半分だったようです。かくいう私とOさんも日曜日なので、教会の礼拝に出席のため午後からの参加になりました。 メンバー8名。メネット1名。ゲスト2名。協力の子ども達5人の総勢16名の奉仕でした。


 フェスティバルの報告と反省 

 ・ コーヒーと小物、お菓子の売り上げ16440円  このうち1万円をYMCAに献金しました。
        
 ・ 東日本大震災への募金は3050円が集まりました。

 ・ お茶の売り上げ  18本 18000円
   お茶の利益金は、YMCAの特別支援教育に役立てます。



増田園さんのお茶は放射能の心配はないことがわかりましたので、皆さん、どんどん購入してください


2011年9月21日水曜日

弟15回関東東部部会

9月17日(土)東京の下町向島にある興望館で、ワイズメンズクラブ弟15回関東東部部会が開催されました。


第一部は、井口部長の活動方針と報告がなされました。



弟二部 記念講演
  「東京下町地域と歩んだ92年間」 社会福祉法人興望館 館長 野原健治氏
  「戦前社会事業を育てた町」  浦和大学総合福祉学部 非常勤講師 鈴木みな子氏
  鈴木みな子氏が興望館のある下町地区の歴史を、興望館 館長 野原健治氏がスライドを見せながら,現在の興望館の働きを説明してくださいました。
  明治20年代から「地価が安い」「水運の便がいい」の理由によって、この地域に工場建設が進みました。低賃金で子だくさんのこの地域の子ども達と母親達のために北欧の宣教師達が中心になって興望館を拠点として、福祉的な働きを継続して現在に至っています。まだ福祉という言葉がない頃に、キリスト教の博愛の精神が息づいた活動でした。そのあと、館内の施設案内がありましたがわたしは、メネット会に参加のため施設の見学ができませんでした。

第三部 懇親会


興望館の厨房で作ったお料理を堪能しました。


煮物、焼き物、炒め物、そして主食はいくらで飾ったちらし寿司です。冷凍食品はいっさい使わず、心のこもったおいしいお料理でした。


そして、アルコールなし。(これは興望館のモットーです。)


清泉女子大の大学生と一緒のテーブルで、おいしい料理と会話を楽しみました。 

2011年9月11日日曜日

「弟二の人生」 社会貢献!元気で長生き、あとぽっくり

 所沢ワイズメンズクラブ9月の例会(9月10日(土)6:00〜)はNさん(79歳) を筆頭に、大樹(障がい者作業所)の300円弁当を食べながら、楽しい時を過ごしました。たびたび脱線しましたが、大筋をお伝えします。




Kさん 芥川龍之介・太宰治・川端康成・三島由紀夫達、有名な作家達は死をもって生きることを清算しました。死に至るまで、どう生きるかと考えます。生と死、愛と死についても、考えます。これからの人生の意義や意味、生き甲斐をどう持つかを考えます。

Nさん たくさんの本を読まれているKさん、本が読める人の人生は豊かです。わたしは79才ですが、まだ本が読めるので豊かです。民生委員が老人会に誘ってくれたので、出席しました。「タレントの笑顔をまねして笑ってみましょう。」とか私達に歌、ぬり絵、おりがみをやらせて、満足するのは誰でしょうか?わたしは(?)と思いました。わたしは、大学のノートテイカーのボランティアをしたり、放送大学で勉強したりするのが楽しいのです。年寄りでも社会貢献ができるのだから、手先が器用な方には折り紙やぬりえではなくて、何か小物を作っていただいて、バサーで売って収益金を誰かのために役立てるなど、もっと社会と繋がることを考えてほしい。もうすぐ80歳になるわたしですが、自立してみんなの役に立ちたいと思っています。異文化理解支援者の資格を取りました。勉強は楽しいです。

Sさん 今日は、統合失調症の青年と話をしました。その彼は、親しくしていた女性の自殺のあと、24時間彼女の声が聞こえて、死に引っ張られているという悩みを持っています。ただ聞いてあげるだけでしたが、「命は絶対に大事だから、あなたは死なないでほしい。」と伝えました。公的な仕事から離れたら「おまけの人生」と夫が言っておりましたが、私もそう思います。おまけの人生でも手を抜かない。わずかな力でも役に立てたらと思っています。死に直面している青年達のとおつきあいの仕事をしていますが、この仕事を通して、死ぬ時は潔く死にたいと思うようになりました。それまでは、できることを精一杯にやりたいです。

Mさん 学級担任として15年間。あとは、中間管理職や管理職として教育現場で働きました。そのあいだは、自分のことは後回しで、子ども達のために働きました。退職後は、自分のため、家族のため、社会のために時間を使っています。YMCAの支援活動もその中にあります。ゴルフ、盆栽、釣り…趣味もたくさんあります。こういう好きなことをしながら死ねたら幸せです。lこれからは、水泳でもやって、からだを鍛えたいです。

Hさん 周りの人に育てられて成長してきました。だから社会にお返しをしたいと思います。
 わたしは、ガンになって、今も治療中です。がんの治療にはとてもお金がかかります。だから、病気にならないように健康に注意してください。

K.H.さん
 がんは、誰でもなる病気で、誰のせいでもないと思います。
 わたしは、70歳までつとめます。最近マンションを買い替えたので80歳までのローンを組みました。3億円当たったら、作家を目指します。文学賞と平和賞を目指します。2億円を寄付して、医者を目指します.そして、わたしの親友がかかった奇病のウェルナー症候群(早老病)の研究をしたいです。女子聖学院の校訓「神を仰ぎ、人に仕えよう」という教えに生きたいと思います。

Oさん 今年3月に退職して、弟二の人生が半年経ちました。毎日天国です。朝は聖書を読み、近所のグランドで中国体操をして、散歩。夕食後は、YMCAのプールに通う毎日です。お年寄りの病院へのおつきそい、中学生の土曜寺子屋のお手伝い、アメリカ人に日本語を教えるボランティア、お引っ越しのお手伝い、被災地ボランティア、頼まれたことでできることは断りません。でも、まだ自分はこれから何をしたらいいかという神様の声が聞こえません。だから、もう少し、天国の生活を楽しもうと思います。

 Kさんの問題提起に始まり、みんなでわいわい語り合いました。一番お若いK,H,さんは夢があっていいな。Sさんみたいに現役のおばあちゃまとして、家庭でも頼られ、自分で興したNPOの青年達のお世話に明け暮れる人生も素敵です。
 やっぱり、死ぬ時は長患いじゃなくて、理想はMさんがおっしゃるみたいに好きなことをしている時に召されることでしょうか。